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般若は鬼の事じゃない
嫉妬や恨みの籠った女性の顔を「般若」と思っていらっしゃる方は結構多いのではないでしょうか。そう思っている方の中には「なぜ般若心経っていうの?」と疑問に思っていらっしゃる方もいらっしゃると思います。


そもそも「般若」とは鬼の事ではありません。
「般若」とは仏教用語で「仏の叡智」という意味です。

ではどうして「般若=鬼」となったのかというと、昔、優秀な能面師がスランプに陥った際に願掛けとして「般若」と改名したのですが、その後、この能面師の作品が評判となり素晴らしい作品を残しました。この能面師が絶賛されたのが鬼の面だった訳です。そのため、般若が彫り上げた素晴らしい鬼の能面=般若の鬼面=般若の面となり、嫉妬や恨みの籠る鬼女の面を般若と称するようになったとか。


ですから、怖い顔をした女性を般若と称するのは「仏の叡智」と言っているという事なのですよね。


では、鬼女のような女性を見て何と評するか。


陰陽道では人の身で嫉妬や恨みつらみを募らせて鬼(悪霊)に変じる途中の状態を「生成り(なまなり)」と言います。
「鬼」とは死霊の事を指すものですので、鬼のような人を評すならば「生成り」とするとしっくりきます。この「生成り」の先にあるものが「鬼」とされていますので、嫉妬や恨みつらみを抱え続けた結果、人ならざるものへと変じるかもしれません。


努々、負の感情を後生大事に心に留められませんよう。


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2019/10/27 13:34 | 日常
人に嫌われにくい人の特徴
そこそこ長い間SNSを眺めてきて思った事は、人に嫌われやすかったり、人と衝突しやすい人の特徴がぼんやり見えてきました。

その内の一つは「言葉遣い」です。

例えば、自分が嫌いなものや嫌いな事柄に対して「私、それ嫌い」と率直に伝える方は、人に嫌われやすかったり、人と衝突しやすい傾向にある方が多いようです。



その逆に、嫌だと感じたとしても直接伝えないタイプの方は比較的、万人に受けが良いのですよね。



はっきり申し上げると、人が好きなものを楽しそうに語っている時に、その人に対して自分はそれが嫌いだと主張する必要はありません。


自分が嫌いなものは嫌いでも良いんです。
でも、人が好きなものを「嫌い」と切り捨てられれば、誰だっていい思いはしませんよね。

どうしてもそれが嫌いな場合は相手に不快な思いをさせないような言葉を使いましょう。

「嫌い」は完全なる拒絶の意思を含みます。
こういう時には、「嫌い」よりも柔らかく且つ嫌いであることを伝える言葉に変換して、例えば「そういうのが好きなのね。私とはちょっとだけ趣味が違うかな」と伝えれば拒絶というよりも「私は苦手だけれどあなたの好きは尊重しますよ」とう意味になりますので、相手に対して必要以上の不快感を与えずに済みます。



何かを断るときも同じです。
「それ、嫌いだから行かない」よりも「ちょっと私はそれに興味を持てないから、またの機会に」とすればやんわりとしたイメージになります。



相手に不快な思いをさせないという気持ちと言い回しをするだけで、随分と相手に与える印象が変わるものです。



ちなみに。
相手に対して直接的な拒絶や感情任せの発言をなさる方の中で、持論を受け入れない人間は敵視する方は「一匹狼だから」や「独立心が強いから」と自称される事が多いのです。
これまでそうした方を見てきて感じたのは基本的に構ってちゃんなのに、人とのコミュニケーションが下手な方が多いようです。

本当に一匹狼の方は自分に自信や信念、覚悟があるため他人の言動にも寛容です。わざわざ他人に噛み付いたり、人の上げ足をとったり、持論をぶつけることはありません。




人に好かれたいのならば直接的な表現ばかりではなく、その言葉の意味は伝わるが棘を抜いたものとして伝える事をなさってみると相手が持っている自分に対する印象を変えることは可能でしょう。

怒ったヤマアラシや牙を剥いた虎には誰も近づきたくないでしょう?
でも、丸まったハリネズミには棘があっても何となく触ってみたいし、牙があってもジャレついてくる猫には何となく触ってみたい。

人の言葉もそれと同じようなものですよ。


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2019/10/26 16:44 | 日常
占い師こそ現実を見た方が良い
個人的な見解ですけど。


前世からの因縁がー
カルマがー


とかに囚われているうちは、何も変わらないし変えられないと思います。


結局、それを逃げ口上に使って現実を見ないから。


因縁だ、カルマだ、なんてものは今の自分の業を直視すれば自ずと解決策は見えてくるものなので、占いに頼るものではありません。
自分自身の弱さとの戦いです。


もちろん、そういうものに左右される事柄はあると思いますけれど、現実的に何をすべきかを横に除けたら結局何も変わらないというのが世の常じゃないでしょうか?


だから、ぐるぐる同じ事を繰り返す。


そこから抜け出すためには現実を直視して行動する勇気と強い意志さえあれば良いわけです。


変えられるはずの未来を過去の因縁に縛られて変えないなんてのは、因縁だ、カルマだと言い訳をして決められた流れに流されていたいのだろうなと思えて仕方ありませんね。
大きな川ほど、真横に横切るのは難しいので力尽きてるんだろうなとは思いますけれど。
泳がなければいつまで経っても川は流れて行きますし、岸は近づきませんよ。


因縁やカルマは知ってて損は無いけど、知らなくても冷静に現状を分析すればある程度自力で抜け出せるものです。


まぁ、思想の違いというやつもありますから、信じたいものを信じて生きればいいとは思いますけれどね。

こういう事を信じやすい方は変な宗教にもハマりやすいようですので、お気を付けをってお話です。

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2019/09/28 12:07 | 日常

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